「メタファーとコーパス」発表要旨

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10:00-10:30   「名詞メタファーにおける関係名詞への転換」 角出 凱紀(京都大学[院]) 

【要旨】

メタファー研究と文法研究の融合を図る先行研究において、メタフォリカルな解釈は概念的に依存的 (conceptually dependent) な要素と強く結びつくという傾向が指摘されてきた (cf. Croft 1993; Sullivan 2013)。彼らに従えば、概念的に自律した (conceptually autonomous) 要素とされる名詞はメタフォリカルな解釈を受けにくいということになりかねないが、実際の言語使用を見ると名詞メタファーは多々見受けられる。そこで、本研究はこの矛盾を解消する一つの説明としてメタフォリカルな解釈を受ける名詞は関係名詞へと転換することで自律性を下げているという仮説を立て、ケーススタディとして「バイブル」「金字塔」「ボルテージ」を対象としたコーパス調査を行い、その検証を行う。

【発表者プロフィール】

角出凱紀(すみで・よしき)。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程。専門は認知言語学。目下の関心は比喩と文法のインターフェイス。主要論文「メタファー明示構文『N1のN2』に関する考察―『鏡の海』と『ネットの海』を例に―」(2022,『言語科学論集』 第28号, 49-69.)。

10:35-11:05  「事象構造メタファーにおける「風」と「嵐」」 丁 昊天(名古屋大学[院])

事象構造メタファーにおける「風」と 「嵐」

丁昊天(名古屋大学[院])

【要旨】

 概念メタファー理論では、変化や行為などの事象が、空間的移動に関連した複合領域を起点領域として捉えられる事象構造メタファーの存在が想定されている(Lakoff1993)。鍋島(2011:173-184)は、日本語における事象構造メタファーを≪活動は移動≫としてまとめ、その下位構造である<外的要因は移動物>という写像について、「外的要因が自然環境に喩えられることが多い」ことを指摘している。一方、松浦(2020)では、事象構造メタファーとして、「波」と「流れ」は似たようなメタファー表現を生じるが、それぞれが表す液体移動の様態の違いによって、メタファー的意味に違いが生じることを示し、個別の自然現象を表す言語表現が社会的活動・変化をメタファー的に表現することの可否についての考察の精緻化の必要性を示唆している。

 以上の実情を踏まえ、本研究では調査対象を「風」、「嵐」に限定し、NINJAL-LWP for BCCWJ から抽出した共起情報と実例をもとに、自然現象としての「風」と「嵐」に関する捉え方の違いは「コントロール可能性」、「知覚主体との関係」と「発生間隔」によって特徴づけられていることを示した。そして、「名詞+の+風/嵐」の形式に焦点を絞り、BCCWJから抽出した用例に基づき、社会的活動・変化を表す「風」、「嵐」は価値評価性と時間的展開性において違いが認められること、具体的には「風」は主体に対してプラスあるいはマイナス的な影響を及ぼす社会的動向もしくは出来事を表すのに用いられる一方、「嵐」は主に主体に被害をもたらす出来事の概念化に使われるということを確認し、その違いは両自然現象に関する捉え方の違いによって動機づけられていることを論じた。

【主要参考文献】

George Lakoff. 1993. “The contemporary theory of metaphor” In Ortony, A. ed, Metaphor and thought. Cambridge: Cambridge University Press.

Pragglejaz Group.2007. “MIP: A method for identifying metaphorically used words in discourse”. Metaphor and Symbol. 22(1), 1-39.

鍋島弘治朗.2011.『日本語のメタファー』東京:くろしお出版

松浦光.2017.『現代日本語における気象現象の概念化―概念メタファー理論によるアプローチ』.名古屋大学博士論文

松浦光・三田寛真・朱薇娜.2020.事象構造メタファーにおける「波」と「流れ」の移動 : 社会的活動の概念化をめぐって. 愛知工業大学研究報告 55:12-17

【発表者プロフィール】

丁昊天(テー コーテン)。名古屋大学大学院人文学研究科博士後期課程。専門は認知言語学、メタファー。

11:10-11:40   「語義情報を利用した古典語文脈比喩の類型化」 菊地 礼(国立国語研究所)

語義情報を利用した古典語文脈比喩の類型化

菊地礼(国立国語研究所)

【要旨】

本発表は日本の古典語(中世期)における文脈比喩(国立国語研究所 1977)の実態解明の一環としてその類型化を行う。文脈比喩とは比喩指標や意味的逸脱が一文(または節)内に確認できず、「表現内の構成要素間の結びつきに、はっきりとした異常さがつきとめられるわけでもない」(ibid. p.170)比喩と定義される。諷喩と隠喩の一部におおむね重なる。そのような特徴から、指標比喩(≒直喩)や結合比喩(≒隠喩)に比べて用例の収集が難しい。また、古典語は内省がきかないため、作例も不可能である。そこで、『日本語歴史コーパス』とそのメタデータである CHJ‐WLSP(浅原ほか 2022)を利用して、発表者が現在構築している言語資源を用いる。当該データセット内の『方丈記』と『虎明本狂言集』から抽出した文脈比喩を国立国語研究所(1977)が提示した文脈比喩の整理に準じ、類型化を行う。

①:「中核部」(国立国語研究所 1977)を抜き出す。

②:中核部を構成する要素を品詞と格関係に基づき整理する。

③:CHJ‐WLSP に付与されている語義情報(『分類語彙表』『日本古典対照分類語彙表』の意味番号)を利用して、どのような意味分野の語が比喩を構成しているかを整理する。

参考文献

浅原正幸・池上尚・鈴木泰・市村太郎・近藤明日子・加藤祥・山崎誠(2022)「分類語彙表番号を付与した『日本語歴史コーパス』データ」日本語学会 2022 年度春季大会発表予稿集.

菊地礼(2023)「中世期日本語比喩表現の収集の試み」『言語資源ワークショップ 2023 発表論文集』pp.224-234:国立国語研究所.

国立国語研究所(1977)『比喩表現の理論と分類』国立国語研究所報告 57:秀英社.

国立国語研究所編(2004)『分類語彙表増補改訂版』大日本図書.

宮島達夫・石井久雄・安部清哉・鈴木泰(2014)『日本古典対照分類語彙表』笠間書院

13:00-13:30「政治言説における概念メタファーの機能について―戦後歴代総理大臣の国会演説を中心に」 劉 桂萍(東北師範大学中国赴日本国留学生予備学校

政治言説における概念メタファーの機能について

―――戦後歴代総理大臣の国会演説を中心に

劉桂萍(東北師範大学中国赴日本国留学生予備学校)

【要旨】

本研究は概念メタファー理論と関連性理論に基づいて政治言説における概念メタファーを考察し、その背後に働く価値観を論じたい。ここで取り扱う政治言説とは総理大臣が国会で行ってきた施政方針演説と所信表明演説を指し、本研究で戦後の歴代総理大臣が発表した180部ぐらいの国会演説を取り上げている。考察した結果、次の二点が分かってきた。その一、戦後歴代総理大臣の国会演説において、擬人化以外に、旅程メタファー、建築メタファー、機械メタファー、戦争メタファーなどがよく使われる。その二、概念メタファーの機能としては、①フレーム効果をいかすこと、つまりフレームで聞き手の受け止め方や判断を特定の方向に誘導する、②ある側面を際立たせて、聞き手に特定の側面を浮き立って見えるようにする、③我が基準に照らして聞き手に善悪・美醜・是非などについて批評を提示し、勧誘をする、④示唆に富み、聞き手の感覚や思考を操る、⑤時代による日本の国家イメージを構築する、⑥帰属意識の向上を図り、聞き手に政府への信頼や愛着といった一体感と連帯感を持たせることが伺われる。

<資料>

・日本施政方針演説·所信表明演説、国立国会図書館https://rnavi.ndl.go.jp/jp/guides/post_562.html2022/11/09.

<参考文献>

・G·レイコフ、M·ジョンソン「レトリックと人生」(第12刷)、渡部昇一ら訳、東京:大修館書店、2019

・D·スペルベル、D·ウイルソン「関連性理論:伝達と認知」、内田聖二ら訳、東京:研究社出版、1996

・G·レイコフ「認知意味論-言語から見た人間の心-」、池上嘉彦ら訳、東京:紀伊國屋書店、1993

・G·レイコフ「隠喩と戦争-湾岸戦争を正当化するために使われた隠喩の体系—」、高頭直樹訳、(思想としての湾岸戦争<特集>)現代思想19(5)、1991

【発表者プロフィール】

劉桂萍(りゅう けい へい)

所属:東北師範大学 中国赴日本国留学生予備学校 教授

専門:政治言説の概念メタファー

13:35-14:05「コーパスに基づく感情の動きの可視化:日英語の感情名詞に対する関連事象アプローチ」 陳 奕廷(東京農工大学)・松中 義大(東京工芸大学) 

「コーパスに基づく感情の動きの可視化:日英語の感情名詞に対する関連事象アプローチ」

陳 奕廷(東京農工大学)・松中 義大(東京工芸大学) 

【要旨】

 本研究は、人間の本質を理解する鍵である感情を、言語を通じて可視化することを目指し、オリジナルの「関連事象アプローチ」によって感情の内的ダイナミクスを明らかにする。Kövecses (2000) における9つの感情に対応する18の日本語と英語の感情名詞についてコーパスを用いて分析し、各感情がどのような事象に参与するのかを調査した。参与事象での感情の動きは、Croft (2012) の「2次元モデル」を用いて4つの段階(例:出現「愛が生まれる」、存在「愛が息づく」、増幅「愛が深まる」、表出「愛が溢れる」)に分類し可視化した。

 分析の結果、日本語は感情の出現と表出が英語より有意に多く、英語は感情の存在が日本語より有意に多いことがわかった。総合的にみて、日本語では心を流体が入る容器と捉え、感情は無から生じ最終的に外部に溢れるものとみなされる。一方、英語では心を空間として捉え、感情は植物、流体、動物として内部で存在し成長(増幅)するが、外部に出ることは稀である。

 以上のように、本研究は事象の時空間アスペクトによって抽象的な感情概念に輪郭を与えることで、言語が感情認識に与える影響の深さを示し、感情概念の解像度を向上させることができた。

【参考文献】

Croft, William. 2012. Verbs: Aspect and causal structure. Oxford: Oxford University Press.

Kövecses, Zoltán. 2000. Metaphor and emotion: Language, culture, and body in human feeling. Cambridge: Cambridge University Press.

【発表者プロフィール】

陳 奕廷(ちん えきてい)。東京農工大学工学研究院言語文化科学部門講師。専門は認知言語学、コーパス言語学、対照言語学。現在の関心は、言語概念間のつながりの観点からみた意味ネットワークについて。

松中 義大(まつなか よしひろ)。東京学芸大学芸術学部基礎教育教授。専門は認知言語学、概念メタファー論。現在の関心は、メタファーのマルチ・モダリティについて、概念メタファーの普遍性と言語(文化)固有性について。

14:10-14:40「日本語比喩表現コーパス(BCCWJ-Metaphor)の構築と一般日本語話者の有する比喩性の印象」 加藤 祥(目白大学)・菊地 礼(国立国語研究所)・浅原 正幸(国立国語研究所)

 日本語比喩表現コーパス(BCCWJ-Metaphor)の構築と一般日本語話者の有する比喩性の印象

加藤祥(目白大学)・菊地礼(国立国語研究所)・浅原正幸(国立国語研究所)

【要旨】

日本語比喩表現の実態調査を目指し,Metaphor identification protocol(以降MIP,Pragglejaz Group 2007)に基づき,『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(以降BCCWJ)に対する網羅的な比喩情報の付与を行った比喩表現データベース,BCCWJ-Metaphor(加藤・菊地・浅原 2022ab)を構築している。具体的には,均衡性のある新聞・書籍・雑誌の34万語(BCCWJ-WLSP,加藤・浅原・山崎 2019)を対象範囲とし,文脈上の意味と字義通りの意味の差を判定するMIPおよびMIP VU(Steen et. al. 2010)の手順に従って比喩表現を抽出し,中村(1977)の基準を用いた結合(何らかの意味での結合上のずれが認められる場合,何と何との間に結合上の異常性が見られるかという点を基準として抽出された中核部)や種別(転換の区別のほか,結合の構成要素による擬人化や具象化などの分類)などの情報を付与したデータである。

 しかし,比喩性の判断は言語学の知識を有する作業者が行うものの,3名の作業者の判断が別個となる箇所(WIDLII:When in doubt, leave it in)が2割程度残る。読者の違いによって比喩性の判断やその度合に差が生じるためと考えられる。そこで,一般的な読み手による印象評定情報として,抽出された比喩表現を含む用例文と結合に対する比喩性の印象評定(一般的な日本語話者による「比喩性」の評定値を0~5で付した)も収集している。BCCWJ全体の文節,長単位自立語,短単位動詞に付与した印象評定データ(加藤・浅原 2022)との対照も可能であり,作業者の判断によって抽出された比喩表現該当部と,BCCWJの各部分について比喩性の一般的な判断が確認できる。本発表では,主に「比喩性」の判断傾向について考察する。

参考文献

加藤祥, 浅原正幸, 山崎誠 (2019) .「『現代日本語書き言葉均衡コーパス』の新聞・書籍・雑誌データ」『日本語の研究』15( 2): 134-141.

Kato, S., Kikuchi, R. and Asahara, M. (2022). Figurative Expression Information Database on `Balanced Corpus of Contemporary Written Japanese’, RaAM 2022.

加藤祥,菊地礼,浅原正幸 (2022).「『現代日本語書き言葉均衡コーパス』に対する MIPに基づく比喩表現情報の付与」言語処理学会第28回年次大会, 1427-1432.

加藤祥,浅原正幸 (2022). 「『現代日本語書き言葉均衡コーパス』に対する印象評定情報付与」言語処理学会第28回年次大会,1524-1529.

中村明(1977) .『比喩表現の理論と分類』国立国語研究所報告 57,秀英出版.

Pragglejaz Group. (2007). MIP: A method for identifying metaphorically used words in discourse. Metaphor and symbol, 22(1), 1-39.

Steen, G., Dorst, A. G., Herrmann, J. B., Kaal, A., Krennmayr, T., & Pasma, T. (2010). A method for linguistic metaphor identification. Amsterdam: Benjamins.

14:50-16:20 ワークショップ「メタファーの修辞的効果を記述する:『日本語レトリックコーパス』の展開」小松原 哲太(神戸大学)・平川 裕己(神戸市外国語大学)・菊地 礼(国立国語研究所)・松浦 光(横浜国立大学)・佐藤 雅也(京都大学)・田丸 歩実(フリー)

「メタファーの修辞的効果を記述する:『日本語レトリックコーパス』の展開」

小松原哲太(神戸大学)・平川裕己(神戸市外国語大学)・菊地礼(国立国語研究所)・松浦光(横浜国立大学)・佐藤雅也(京都大学)・田丸歩実(フリー)

【要旨】

レトリックは、広い意味では効果的な言語使用であると言える。メタファーの「効果」とは何かについては、文学、言語学、心理学などで議論されているが、その全体像はいまだ明らかになっていない。本ワークショップでは、発表者らが『日本語レトリックコーパス』を構築する上でボトムアップ的に確立してきたアプローチを、参加者に実践してもらいながら、メタファーの修辞的効果を考察する。ワークショップは、説明、実践、議論の3パートからなる。パート1では、『日本語レトリックコーパス』の概要と語用論的アノテーションの枠組みを解説する。パート2では、参加者でグループを作り、用意されたメタファーの実例の修辞的効果をアノテーションする。パート3では、記述の結果をもとに、メタファーから生じうる修辞的効果をできるだけ包括的に記述するための共通の枠組みについて議論する。

(参考)『日本語レトリックコーパス』https://www.kotorica.net/j-fig/