要旨/登壇者紹介

【発表】10:30-10:50

隠喩と字義通りの意味 ―デイヴィドソンとサールを踏まえて―

徐子程(早稲田大学[院])

【要旨】

隠喩というのは、従来の言語哲学者にとって極めて厄介な問題である。D.デイヴィドソン(1978)はアリストテレスの時代から広く認められてきた隠喩の素朴直喩説、または素朴直喩説に対する批判を回避しさらに洗練させた比喩的直喩説などの観点を批判し、「隠喩は言葉がその最も字義通りな解釈において意味しているものを意味しているのであって、それ以上の何ごとを意味しない」という観点を提起し、隠喩の問題に対する解決を試みていた。そして、J.R.サール(1979)はデイヴィドソンと高度に同調し、隠喩に対する三つの段階と八つの原理を提起し、隠喩の理解を説明せんとしていた。

サール(1979)によれば、隠喩に関する問の最も単純な形は以下である。いわゆる、我々は如何にして「SはPである」という発言によって「SはRである」を意味することが可能なのか、さらに、「SはPである」という発言を聞いた聞き手は如何に話し手が「SはRである」を意味していると理解され得るのか。本研究はデイヴィドソン及びサールの論考の問題点をそれぞれ検討し、さらに、言語表現Pによって、Pを意味しない言語現象については、サールが隠喩の解釈に関する三つの段階を改良すれば、すべて適用することを示していきたい。そして、実際の言語使用において、比喩的な表現とあらゆる言語表現の意味、それらを産出するまたは理解する過程は本質的な違いがない、という展開の可能性を探っていきたい。

参考文献

Davidson,D.(1978)"What Metaphors Mean," in S.Sacks(ed) On Metaphor, Chicago: University of Chicago Press; reprinted in D.Davidson(1984) Inquiries into Truth and Interpretation, Oxford: Clarendon Press.

Searle,J.R.(1979)"Metaphor," in A.Ortony(ed), Metaphor and Thought, Cambridge: Cambridge University Press; reprinted in J.R. Searle(1979) Expression and Meaning, Cambridge: Cambridge University Press.

【発表者プロフィール】

名前:徐 子程

所属:早稲田大学大学院日本語教育学研究科 修士課程

専攻:言語哲学、応用言語学

【発表】10:55-11:25

『メンタルサイズ理論』構想

建築デザインにおける概念のプロトタイプ化とその有効活用

桑原あきら(インクルーシブデザイン研究所)

【要旨】

情報化社会の進展と共に市場に流通する商品のカテゴリーや種類も増え個々の商品が訴求する価値観も多様化している。このような背景において、生活者が自分の価値観に最適な商品を選択することはますます困難になっている。生活者は自分の価値観をじっくりと確認する時間も機会もなく、必要に迫られて、状況が準備した〝限られた選択肢〟の中から短期間で商品選択をすることになる。そしてその結果は必ずしも満足のいくものではない。もし、ワークショップによって生活者が自分の価値観を満たす概念を事前に確認することができ、自分が求めている概念の総合的な指標としてのプロトタイプを作成することができれば、それは、多様化した商品の中から自分の価値観に最適な商品を選択する明確な手助けになるのではないか。この仮説に基づき、デザイン学の視点から概念のプロトタイプ化が可能であるかどうか、またそれが生活者の満足度に対して有益に働くかどうかを明らかにしたい。さらに、その確認を元に次のような『メタファー思考とインクルーシブデザインが連携したデザイン理論』を構想したい。 

① 概念のプロトタイプ化に際して、生活者は、レイコフ&ジョンソンがかつて指摘した直接的因果関係の「原型的」(Prototypical)概念化と同様の体験をする。

② その際に生活者は、それまでの人生のさまざまな経験によって培われた『ある対象物に対して抱く〝精神的な大きさ〟であるメンタルサイズ』が内部感覚として存在することを知覚し、それを明確な指標として(大=UP、小=DOWN)商品を選択する。

上記の目的の元、インクルーシブデザインに習熟したファシリテーターによって、生活者自らが住宅(我が家)のプロトタイプを手作りする建築デザインに関するワークショップを行った。このワークショップによってプロトタイプを手作りしたユーザー1とワークショップに参加もせずプロトタイプを手作りもしなかったユーザー2が同時期に同じ建築家の設計、同じ工務店の施工、同じコーディネーターの管理によって住宅を建築した。この2つのユーザーに対し、その結果に対する満足度をQOLアンケートを使った5段階評価とインタビューによって調査し、「概念のプロトタイプ化」を経験することの有効性を検証した。

またその結果を元に、概念のプロトタイプ化とその有効性を分析。さらに『メタファー思考とインクルーシブデザインが連携したデザイン理論』を構想した。

【発表】11:30-12:00

女性向けパーソナルケアの製品広告に表れる戦いのメタファー

ジェシカ・タインズ(関西外国語大学[院])

【要旨】

ハラスメントやポリティカル・コレクトネスを気にして表面には出さなくなったが、差別的な考えは未だ社会に残る。社会の裏に隠されているジェンダー・イデオロギー(女性と男性のあるべき姿の思い込み)は言語に表れ、また言語を通して再生産される(中村2003)。イデオロギーはただの理屈の問題ではなく、女性運動が50年も経つ現代でも女性が会社などで権力のある立場に上がれず、ガラスの天井に当たってしまう原因の一つだと考えられる。

人間が生きている限り、周りの社会に影響される。他の人間によってどう扱われるかも身体化される経験の内に入るだろう。従って、家父長制度でのジェンダーなどの優劣がある社会的カテゴリーに属するかどうかが発せられる言葉にも、捉え方にも影響するものと考えられる。言語が静的でないため、以前よりも女性が社会に出て、伝統的な役割に違反する生き方をすることが多くなると、その時代に生きる人間の経験も前世代からずれる。その従来と異なる経験によって現代人のイメージ形成などの認知プロセス、そして新しく生産されるジェンダー・イデオロギーを反映する言語事実も変わるだろう。

本研究ではアメリカと日本の宣伝文句や広告に表れる概念メタファーを通して、変わっていくジェンダー・イデオロギーを考察する。メディアが発信する情報のオーディエンスの場合、聞き手である概念化者の捉え方を工夫することができることになる。認知主体の属する社会的カテゴリーを予想して宣伝に使われるメタファーを含む方法によって、製品やサービスを消費者の経験に合わせることができる。

本研究ではパーソナルケア製品のネーミングや広告の言語ストラテジーを通して、変わっていくジェンダー・イデオロギーを考察する。他のメディアと比べて秒数や文字数が限られている広告は家父長制でもあり、資本主義でもある現代社会のイデオロギーが濃縮されていると考えられる。伝統的に男性用の製品に消費者を戦う武士に喩える傾向があるが、これは現代アメリカのある種の宣伝には女性用製品にも表れる。

今回の発表では、伝統的に男性に関わる戦いの概念が女性消費者にマッピングされる例を挙げながら分析していく。

【発表】13:00-13:20

中国人日本語学習者のコロケーションの誤用原因

-<力>スキーマに基づく日中間の視点の異同-

李文鑫(筑波大学[院])

【要旨】

本発表は、まずコロケーションの定義及び分類を概観し、概念メタファーとコロケーションの関係性を述べる。次に、学習者の誤用例を分析し、<力>スキーマに基づく日中間の視点のズレ、日中共感覚的比喩の転用ルートが異なることで学習者のコロケーションの誤用を引き起こす要因であることを論じる。具体的に、Talmy(2000)フォース・ダイナミックス理論によれば、力関係はAgonistとAntagonistからなっている。力の強さを表すとき、中国語では、力を出す側も力を受ける側もAntagonistの視点(重い)からの記述が多い。それに対して、日本語では、Agonistの視点(強い)からの記述が多い。そのため、日中両言語において、同じ<力>スキーマに基づく表現であっても、視点が異なるによって表現のズレが生じ、学習者の誤用(*痛みが重い;*味が重い;*重い雨)が引き起こされる。

【発表者プロフィール】

【発表】13:25-13:55

認知言語学的視点に基づく英語学習者への句動詞の提示

―高校英語検定教科書における実践―

石井康毅(成城大学)

【要旨】

日本人英語学習者にとって前置詞(ここでは副詞パーティクルも含めて広く「前置詞」と呼ぶ)の習得は難しい。そして前置詞を含む句動詞もまた習得が難しい。句動詞は英語において少なくない頻度で用いられているが、日本人学習者にとってのインプットとして重要な検定教科書における句動詞の頻度は、母語話者の使用頻度と比べると概して高くない。そして学習者の作文・発話コーパスを調べてみても、句動詞の使用頻度は母語話者と比べると概して低い。

日本人英語学習者にとって句動詞の習得が難しい理由のひとつとして、句動詞に含まれる比喩的な意味、特に前置詞に起因する比喩的な意味が捉えにくく、それゆえに句動詞の学習がイディオム的な項目学習になりがちであるということが考えられる。

このような状況を改善するべく、発表者は高等学校用の英語の検定教科書において、句動詞の意味を前置詞の意味と関連付けながら提示するという試みを行った。意味・アスペクトの観点で近い前置詞群により句動詞をグループ化し、比喩的な意味を明示しながら提示した。例えば「動作や状態の継続・進展を表す句動詞」として、go on, carry on, drag on / stay over, hold over / work away, type away / come along, go alongを、例文・イラストとともに提示した。この試みにおける特徴は、どのようなメタファーやメトニミーによって、各句動詞中の前置詞の意味が出てくるのかを簡潔に説明した点である。例えば上記のonであれば、「本来は物と物との接触を表します。ある動作や状態の継続が、ずっと『離れない』で接触状態にあることと似ていることから、継続も表すようになりました。」という説明を加え、前置詞の本来の意味から句動詞中で使われている意味がどのように派生的に得られたかを明示している。他には、「完了・完全・徹底を表す句動詞」として、fill out, carry out, wear out / clean up, eat up / read through, carry through / get over, go overをまとめて提示するなど、合計16ページに渡って、前置詞の比喩的な意味の観点から句動詞をまとめて提示している。

この試みは、句動詞は項目学習するべきものではなく、句動詞において実は大きな意味を持つ前置詞の比喩的意味に着目することで、句動詞の意味の理解が容易になるということを学習者に理解させることを意図したものである。発表者は、認知言語学の知見を教育に応用する方法のひとつであるという認識で、この試みを行った。

本発表では、これに先立って申請者が実践した、学習者向け英和辞典における前置詞の意味の提示と、検定教科書における前置詞の意味の提示にも触れながら、句動詞の意味を学習者に提示する実践例を紹介し、工夫した点や苦労した点などを報告し、より大きな教育的効果を生み出すための課題を検討する。

【発表者プロフィール】

石井 康毅(いしい やすたけ)

成城大学社会イノベーション学部准教授。研究テーマは認知言語学(特に前置詞のメタファー的意味と句動詞),コーパス言語学(特にコロケーションと文法項目),辞書学。

研究成果の学習者への提示として,『道を歩けば前置詞がわかる』(共著,くろしお出版,2007年),『連関式英単語LINKAGE』(共著,Z会,2011年),『英語教師のためのコーパス活用ガイド』(分担執筆,大修館書店,2014年),英和辞典(旺文社・三省堂・小学館),高校用検定教科書(文英堂)の執筆にも携わっている。

【発表】14:00-14:30

時間メタファーにおける移動物

 鈴木幸平(関西看護医療大学)

【要旨】

認知言語学では、空間領域から時間領域へのメタファーとして、Moving Egoメタファー (ME) とMoving Timeメタファー (MT) という、少なくとも2種類のメタファーを想定してきた。この2つのメタファーについて、本多 (2011)、大神 (2016)は、「MTとMEのいずれにおいても『時間は静止しており、そこを人間が移動する』と捉え」るME一元論を主張し、従来の理論でMTとして分析されてきた(1)のような例は、(2)のような人間の移動を表す文が元になっていると主張する。

(1) Christmas is approaching. (2) Kyoto is approaching.

この一方で、ME, MTのいずれでも移動物が人間であるとする主張は、以下の例で問題となる。

(3) a. そこで選択したのが、過去へ{帰る/戻る}ということでした。

 b. 今から未来に行きます。

(4) a. 辛い時間が{やって来た/ようやく去った}。

b. 京都が{*やって来た/??去った}。

(5) 時間が3時に迫っている。

(3a,b)は、人間の時間軸上の移動を表した文である。しかし、(3a,b)は未来・過去いずれへの移動でも、通常の時間経過でなくタイムトラベルのような意味を表してしまう。さらに(4a,b)では、ME一元論が(4a)の例の基になると想定する(4b)の容認度が低くなっており、MTがMEを基に派生したメタファーでなく、独立したメタファーであることを示唆する。また、(5)は、時間の移動を表しているが、「時間が3時に到着」するのと同時に「人間も3時に到着」する。

これらの観察から本発表では;1)MTはMEから独立したメタファーである;2)MEでは人間はTime Courseの上に固定されており、Time Courseが未来に向かって移動している。という二点の主張を行う。

References

本多 啓. (2011) 「時空間メタファーの経験的基盤をめぐって」『神戸外大論叢』(62). 33-56.

大神雄一郎. (2016)「「近づいてくるクリスマス」と「やってくるクリスマス」―時間メタファーにおける“接近”の表現と“来訪”の表現について―」日本認知言語学会第17回全国大会口頭発表.

鈴木幸平 (2016) ‘Duality in temporal metaphor: An investigation of Japanese’. KLS 36. 49-60.

【発表者プロフィール】

李文鑫(リ ウェンシン)。筑波大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程。専門は日本語教育学、認知言語学。主要研究業績「<情報>を目標領域とする概念メタファーーメタファーの認定手順の提案とコーパスに基づく分析」(2017 国際日本研究 vol.9 pp.129-146)。 

【発表】14:45-15:15

英語制限関係節とメトニミー

山本幸一(名古屋大学非常勤)

【要旨】

先行研究においても、英語関係節については未だ解明されていない点がある。本発表では、関係節の背後にある認知能力に照射をしてみる。認知言語学では、言語表現が語彙から句、節の複合表現(文法)まで連続体をなし、比喩を単に修辞的技巧ではなく言語や思考の体系を成立させる現象とみなしている。本発表では、Langacker(1995)の「PF-AZの不一致」及び、Langacker(2001)のWHの意味分析等を援用して分析し、これまで規則や原理により説明されてきた文法の根底に、メトニミーを中心とした意味現象があることを見る。

【発表者プロフィール】

山本幸一(やまもと・こういち)。

名古屋大学非常勤講師。名古屋大学大学院国際言語文化研究科博士後期課程終了。文学博士。専門は認知言語学。主要論文:(2013)「2つのタイプのメトニミーと参照点構造 —メトニミー成立の必要・十分条件—」『認知言語学論考』NO.11. ひつじ書房. 

30数年間、愛知県立及び国立大学附属高校にて英語科教員をしてきました。母語話者の持つ言語直感である文法を、どうしてそのような言い方をするのか、という疑問を大事にして、認知言語学の知見を援用した「有意味的学習」に関心をもってきました。

【発表】15:20-15:50

換喩と種差属性の関係について

大田垣仁(近畿大学)

【要旨】

名詞句の位置に生じるものについてメンタル・スペース理論(Fauconneir 1985)の観点から分析したばあい、これまでひとしなみに「換喩」とよばれていた言語現象は、語用論的コネクターによる指示対象のずれがある真性の換喩(e.g. 学生服があわててどこかへはしっていった)と、指示対象のずれをもたない換喩もどき(e.g. やかんが沸騰している)にわかれる。真性の換喩と換喩もどきとのちがいは、兼用表現(くびき語法)の成立可否や、類別詞の使用制限、代名詞化の成立可否といった文法的なふるまいのちがいにもあらわれる。また、名詞の意味変化に関与できるかどうかにもちがいがでる(換喩もどきは関与しない)。このような精緻化の作業によって、いたずらにひろがりすぎていた換喩の外延をせばめることができる。その一方で、換喩の研究史において、換喩がいかなる条件で生じるか、という点についてはいまだに不透明な状況である。経験的に蓄積されてきた換喩のパターンを整理し、換喩をプロトタイプカテゴリーとして整理する手法(Peirsman and Geeraerts 2006)や、参照点構造モデル(Langacker 1993)、換喩の媒介に選ばれやすい要素についての認知的、文化的な整理(Kövecsses and Radden 1998)があるものの、これらは未知の語用論的コネクターの存在を予測するものではない。そこで、本発表では、真性の換喩の成立条件を予測可能なかたちで規定することをめざす。具体的には、名詞の内包がもつ種差属性と類概念という古典的な観点に注目し、換喩のトリガーとなる名詞の属性が、ターゲットとなる対象を含むカテゴリーの要素を区別する種差として使用されることをのべる。その背景に同一フレーム内に設定されるふたつのリストの対応関係があることをのべる。

参考文献:

Fauconnier, G.(1985):Mental Spaces, Cambridge University Press.

Kövecsses Z. and G. Radden (1998):Metonymy: Developing a cognitive linguistic view, Cognitive Linguistics 9-1, 37-77, Walter de Gruyter.

Langacker, R. W. (1993): Reference-point constructions, Cognitive Linguistics 4-1, 1-38, Walter de Gruyter.

Peirsman Y. and D. Geeraerts (2006):Metonymy as a prototypical category, Cognitive Linguistics 17-3, 269-317.

【発表者プロフィール】

所属:近畿大学

代表的論文:

大田垣 仁(2009)「指示的換喩と意味変化—名前転送における語彙化のパターン—」『日本語の研究』(5-4), 31−46, 日本語学会. 

—————(2011)「換喩と個体性—名詞句単位の換喩における語用論的コネクターの存否からみた—」『待兼山論叢』45, 21-36, 大阪大学文学会.

—————(2013)「換喩もどきの指示性について」『語文』第100・101輯, 1-14, 大阪大学国語国文学会.

【発表】15:55-16:25

複合的比喩「メトニミーからのメタファー」の成立基盤と分類について

笠貫葉子(日本大学)

【要旨】

Goossens(1995)は、メタファーとメトニミーが共に関わる複合的比喩「メタフトニミー(metaphtonymy)」の存在を示し、その中でも「メトニミーからのメタファー(metaphor from metonymy)」の生起頻度が高いことを示している。この比喩形態について、Deignan(2005)はコーパスの分析を踏まえてさらに細かく分類した方がよいと指摘し、「メトニミーからのメタファー」(訳書(2010)では「メトニミー由来のメタファー」)と「メトニミーに基づくメタファー」という分類を提示するが、その説明にはいくつかの疑問が残る。たとえば、前者に属する表現について、メトニミーと捉える解釈とメタファーと捉える解釈の間で曖昧性があることが多い、という主張は妥当か、もし曖昧性があるとすればなぜ曖昧になるのか。また、「メトニミーからのメタファー」はメトニミーから次第に変化したものと述べられているが、そうした変化はなぜ生じるのか。さらに、「メトニミーに基づくメタファー」はその共起語によって字義通りの意味か否かを判断できる、という主張は妥当か。本発表では、「メトニミーからのメタファー」の成立にはシネクドキが関わるという見方(笠貫 2002, 2013)から分析することによってこうした疑問が解消されることを示すと共に、籾山(1997)や笠貫(2002, 2013)が挙げる日本語の例(「舵をとる」「幕をあける」など)についての考察も踏まえ、「メトニミーからのメタファー」について、より妥当な分類を提案したい。

参考文献 :

Deignan, Alice (2005) Metaphor and corpus linguistics. John Benjamins. [渡辺秀樹・大森文子・加野まきみ・小塚良孝(訳)『コーパスを活用した認知言語学』大修館書店, 2010年]

Goossens, Louis (1995) “Metaphtonymy: The interaction of metaphor and metonymy in expressions for linguistic action.” In Paul Pauwels, Brygida Rudzka-Ostyn, Anne-Marie Simon-Vandenbergen, Johan Vanparys, Louis Goossens, eds., By word of mouth: Metaphor, metonymy and linguistic action in a cognitive perspective. John Benjamins, 159-174.

笠貫葉子 (2002) 「複合的比喩の認知的基盤」『KLS』22, 105-114.

笠貫葉子 (2013) 「メタファー」 森雄一・高橋英光編『認知言語学 基礎から最前線へ』くろしお出版, 53-78.

籾山洋介 (1997) 「慣用句の体系的分類―隠喩・換喩・提喩に基づく慣用的意味の成立を中心に―」『名古屋大学国語国文学』80, 29-43.

森雄一 (2011) 「隠喩と提喩の境界事例について」『成蹊國文』44, 143-150.

谷口一美 (2003) 『認知意味論の新展開 メタファーとメトニミー』

【発表者プロフィール】

笠貫 葉子 (かさぬき ようこ)

日本大学准教授。専門は認知言語学。主要研究業績『認知言語学 基礎から最前線へ』(2013, くろしお出版, 共著)。

【講演】16:35-17:35

百科事典的意味と比喩

籾山洋介(名古屋大学)

【要旨】

比喩(メタファー、直喩)の理解は、語等の表現の百科事典的意味に基づく必要があることを、現代日本語の諸々の例によって示す。なお、先行研究を踏まえて、「ある語(に相当する言語単位)の百科事典的意味とは、その語から想起される(可能性がある)知識の総体のことである」と考える。

百科事典的意味には、少なくとも以下のことが含まれる。

①(ある語の)指示対象の特徴(その特徴には、指示対象に対する(人間等の)他者の関与の仕方も含まれる)

②一般性の程度が完全でない意味(典型例、ステレオタイプ等が有する特徴/一般性とは、ある語の百科事典的意味を構成する要素が、その語が表す対象(カテゴリー)のどれだけの成員に当てはまるかという程度)

語の指示対象の特徴に基づく比喩として、「お前を蜂の巣にしてやる」「彼は柏餅のようになって寝た」等がある。

語の指示対象に対する他者の関与(の仕方)に基づく比喩として、「[定年後に家でごろごろしていて、地域活動などで忙しい妻にまとわりつく夫を指して]濡れ落ち葉(1989年の流行語)」「借金が雪だるまのように雪だるま式に増える」等がある。

(カテゴリーの)典型例が有する特徴に基づく比喩として、「名古屋は私の庭(のようなもの)だ」「通夜のような雰囲気」等がある。

(カテゴリーの)ステレオタイプ(ある言語共同体において、あるカテゴリーの成員全般に関して、十分な根拠なしにある特徴を有すると広く信じられてはいるが、実際にそのような特徴を有するのは、カテゴリーの成員の一部であるという場合に、そのような一群の成員(下位カテゴリー)のこと)が有する特徴に基づく比喩として、「今年の新入社員は子どもが多い」「まるでマンガ/小説/映画のようなことが起きた」等がある。なお、「清水宏保がロケットスタートで世界記録を出した」「楽天がロケットスタートを切った」等のメタファーでは、本来の「ロケットスタート」のいずれの成員にも当てはまらない特徴に基づくと考えられる。

鈴木幸平(すずき・こうへい)。

関西看護医療大学講師。専門は認知言語学、メタファー、EMP。主な論文に "Duality in temporal metaphor: An investigation of Japanese" (KLS, to appear), "Gaps and Similarities between Medical Teachers’ Expectancies and Students’ Needs on Four Skills, Used Situations, and Proficiency of English" (JACET Kansai Journal, 17)など。