シンポ in シンポ 発表要旨

脳の中のシンボルと身体

福島宏器

「シンボル」の働きとは,ある情報のまとまりを,個別の文脈から切り離して,様々な文脈に適用することであろう。本発表では,ヒトが言語を獲得する進化の過程でこのシンボル機能がどのように発生したのかという問いに示唆を与える , 興味深い脳科学的研究を紹介する。理化学研究所の入来らは長年,ニホンザルが道具使用を学習する過程の脳内活動を研究してきた。ニホンザルが熊手を使って遠くのエサを引き寄せることを覚えると,サルの脳内で,手の先を受容野とするニューロンの受容野が,手で持っている道具の先まで延長する。こうなると,サルはマウスカーソルのような抽象的な対象も操作可能になり,さらに,異なる長さの熊手を使い分けてより複雑なことができるようになる。この時サルは,道具が表す運動機能を一つの概念単位として結晶化し,これを脳内で操作できるようになったと考えられる。こうした知見を踏まえ,社会的機能の「進化」も含めて議論したい。

【発表者プロフィール】

福島宏器(ふくしま ひろたか)は、日本の生理心理学者、身体と感情と意識の関連を研究。関西大学社会学部准教授。2006年 東京大学博士(教養)関西大学社会学部准教授。2016年4月ドイツ ウルム大学(Institute of Psychology and Education, Ulm University) 訪問研究員 (~2017年3月)

主な著作

内受容感覚と感情の複雑な関係 2014心理学評論 57(1), 67-76. 

Association between interoception and empathy: Evidence from heartbeat-evoked brain potential. 2011 International Journal of Psychophysiology 79(2), 259-265. 


身体性メタファー理論(EMT)は認知メタファー理論(CMT)とどこが違うのか

鍋島弘治朗(関西大学)

認知メタファー理論(Cognitive Metaphor Theory: CMT)は、Lakoff and Johnson (1980) 当初から、motor-sensory (運動・感覚)の重要性を強調し、今日の身体性研究の嚆矢となった。その認知メタファー理論をあえて身体性メタファー理論(Embodied Metaphor Theory: EMT)と呼ぶ理由は何だろうか。CMTとEMTはどこが根本的に異なるのか。本発表では、鍋島(2011, 2016)に限定せず、身体性を真剣にメタファー理論に取り入れるとメタファー理論の何が変わるかを検討する。具体的には、次の2つの要素である。1) 1人称的視点から場面を統合する能力。2) 感情の生成。この2つの要素は従来のCMTに欠けているものであり、本発表ではこれらがメタファー的推論の創出に不可欠な要素であることを主張する。

【発表者プロフィール】

鍋島弘治朗(なべしま こうじろう)は、日本の認知言語学者、関西大学文学部教授。専門は認知メタファー理論。現在の関心は状況認知と身体性。2007年関西大学博士(文学)2007-2008年フランス・ジャンニコ研究所客員研究員。

主な著作

『日本語のメタファー』(くろしお出版, 2011) 『メタファーと身体性』(ひつじ書房, 2016)

【シンポ in シンポ】14:55-18:00

動作と感覚の身体化メタファー:身体心理学の観点から

菅村玄二(すがむら げんじ・関西大学文学部)

近年,再び「身体性」(embodiment)が注目されている。しかし,ここで主題となる身体性が,メタファーとの関連で,どのような意味をもち,いかなる示唆をもたらすのかについては十分に議論されていない。本発表では,第一に,語源学的に“embodiment”の意味を振り返り,日本語の「身」の概念との相違点について述べる。第二に,「動き」の第一義性を説く身体心理学の理論を概観する。第三に,いわゆる「体ことば」に含まれない「感覚ことば」も含めて,身体化メタファーとしたうえで,少なくともその一部はレトリックではなく,身体経験をコード化する言語表現であることを示す。第四に,そうした身体化メタファーに関連する発表者の実験結果を紹介する。最後に,これらの研究を踏まえ,「身体化されたメタファー」(embodied metaphors)と「身体化するメタファー」(embodying metaphors)という概念的区別を提案し,メタファーと身体性との関係について議論を深める手がかりとする。

【発表者プロフィール】

菅村玄二(すがむら げんじ)は心理学者、関西大学教授。早稲田大学大学院人間科学研究科で身体心理学を学び,修士課程修了後,渡米。University of North TexasとSaybrook Graduate School & Research Centerの博士課程で,エンボディメントを重視する構成主義心理療法の立役者である故Michael J. Mahoney博士らに学ぶ。帰国後,早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。  

主な著作(共著,分担執筆,監訳)

『身体心理学:姿勢・表情などからの心へのアプローチ』(川島書店, 2002) 

Horizons in Buddhist Psychology (Taos Institute, 2006) 

『複雑系叢書第2巻:身体性・コミュニケーション・こころ』(共立出版, 2007) 

The Oxford Handbook of Health Psychology (Oxford University Press, 2011) 

『マインドフルネス瞑想ガイド』(北大路書房,2013) 

『新版 身体心理学:身体行動から心へのパラダイム』(川島書店, 2016) 

『ジョーズ・ケリーを読む:パーソナル・コンストラクト理論への招待』(北大路書房,2017)

運動調整仮説:音韻の枠組みはどのように動作に用いられるか

細馬 宏通(滋賀県立大学)

動作のタイミングを重視する共同作業において「よいしょ」「せーの」といった掛け声が用いられることは経験的に知られている。しかし、どんな掛け声をどのようなプロソディで発するか、どのタイミングでどのような動作をするかについて、わたしたちは必ずしも同じ知識やモデルを持ち合わせているわけではない。では、お互いに発声と動作について異なる知識を持っているかもしれない者どうしが、いかにしてタイミングを合わせ共同作業をやり遂げるのか。机を二人で持ち上げるという簡単な動作を15組のペアに行ってもらい、そこで起こるコンマ秒単位の発声、動作のインタラクションを分析した。その結果、各参加者はお互いの発声の音韻構造やプロソディを用いながら、その場でいくつかトライアルとなる動作を行い、次第にタイミングを合わせていくことがわかった。この結果をもとに、本発表では発声の時間構造が動作の時間構造のメタファーとなっている可能性について論じる。


指定討論者・司会

楠見孝(くすみ たかし)は日本の認知心理学者、京都大学大学院教育学研究科教授。博士(心理学)。心理学におけるメタファー研究の第一人者。

主な著作

『比喩の処理過程と意味構造』(1995, 風間書房)

『味ことばの世界』(2005,共著,海鳴社)

『芸術心理学の新しいかたち』(2005,分担著,誠信書房)『メタファー研究の最前線』(2007, 編著 ひつじ書房)