発表要旨

「コーパスを利用したメタフォリカル・パターン・アナリシス(MPA)の紹介

-FEARのメタファーを例に」

中野阿佐子(関西大学[院])

【要旨】

Lakoff and Johnson(1980)以来、これまで概念メタファーの分析は盛んに行われてきているが(Lakoff and Turner 1989, Lakoff and Johnson 1999, Grady 1997, Kövecses 1990,1998,鍋島2011)、近年盛んになっているコーパスを使用したメタファー研究法の一種としてメタフォリカル・パターン・アナリシス(MPA)がある。MPAは手順として明確である一方、1)文レベルを超えたメタファーを取り扱わない、2) 領域を取り扱えているのかなどの問題をはらむように思われる。本研究ではStefanowitsch (2006)の提唱するMPAによるFEAR(恐れ)の分析を取り上げ、その手順と分析結果を紹介し、利点を論じるとともに、潜在的問題点を提起する。

【発表者プロフィール】

中野阿佐子(なかの・あさこ)。関西大学大学院文学研究科博士後期課程。専門は認知言語学、メタファー。主要研究業績「メタファー特定に関する研究の現状とその展望」(2015,『ことば工学研究会』第50号,pp53-66),「MIP-理想のメタファー認定手順を求めて-」(共著, 2016,『関西大学英米文学英語論集』第5号,pp1-18)

 「感情の比喩-字義表現の産出過程-」

岡隆之介(京都大学[院])

【要旨】

本研究では説明対象が比喩表現の産出に影響するかを検討した.また,説明対象が産出に与える影響が比喩表現と字義表現で異なるかも検討した.実験では,参加者(N= 23)が過去の感情的体験を想起し,2つの異なる説明対象について別々に説明した参加者の感情的体験の際に(i)とっていた行動と(ii)そのときに感じていた気持ちについてである.説明時間とそれぞれの表現を作成する際の主観的な困難度の評定値が記録された.参加者は字義表現よりも比喩表現において説明時間が長く,説明がより困難であると感じた.加えて,比喩表現条件において,参加者は気持ちよりも行動において説明時間が長く,説明がより困難であると感じた.また,時間が許せばいくつかの関連研究を紹介する予定である。

「<感情は液体>メタファー表現の成立基盤と制約

―概念メタファー理論の「まだら問題」をめぐって―」

後藤秀貴(大阪大学[院])

【要旨】

本研究では,日本語の<感情は液体>メタファー表現のコーパス調査に基づき,メタファー表現の成立・不成立(e.g., 「{不満/?勇気}が漏れる」)を動機付けと制約の両面から捉える鍋島 (2011) の主張を支持しつつ,具体的な動機付け・制約の特定には従来よりも広範囲の表現の比較や実例の前後文脈の観察が求められることを示す。その上で,メタファー表現の成立の予測可能性について,フレーム (Sullivan, 2013) や語義・慣習性 (松本, 2007) との関わりから検討する。

【発表者プロフィール】

後藤秀貴(ごとうひでき)。大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程。専門は認知言語学,メタファー。主要研究業績『液体の放出を表す動詞のメタファー的使用とその制約―<感情は液体>日本語メタファー表現のコーパス調査と分析―』(2015, KLS Proceedings 35, pp.73-84),『「腹」と「胸」を参照した日本語の比喩表現とその特徴―比喩的認知を生み出す身体基盤・文化基盤の観点から―』 (2015, 日本言語学会第151回大会予稿集, pp. 40-45)。


【ディスカサント紹介】

松本曜(まつもと・よう)。神戸大学人文学研究科教授。専門は意味論、認知言語学。主な著書は、Complex Predicates in Japanese: A Syntactic and Semantic Study of the Notion "Word". (1996, CSLI Publications and Kurosio Publishers.), 『空間と移動の表現』(1997, 日英語比較選書 第六巻, 共著, 研究社出版), 『認知意味論』(2003, 認知言語学入門シリーズ第三巻, 大修館書店)

鍋島弘治朗(なべしま・こうじろう)。関西大学教授。専門は認知言語学、メタファー。現在の関心は状況認知と身体性。主著に『日本語のメタファー』(2011 くろしお出版)。

 「気象現象と日本語メタファー表現―光と遮蔽物をめぐって―」

松浦光(名古屋大学[院])

【要旨】

Lakoff and Johnson (1980)の概念メタファーの枠組みで<<感情は天候>>をみると、「晴れる」と「曇る」は、「心が晴れる/心が曇る」「表情が晴れる/表情が曇る」のように感情を表すことができる。しかし、「恨みが晴れる・*怒りが晴れる」「憂さが晴れる・*憂さが曇る」では写像の偏りが生じ、全ての感情に写像されるわけではない。この現象の要因について、光と遮蔽物(雲・霧)という言語概念上の構成要素がメタファー的意味の実現に影響を与えていることを主張する。

【発表者プロフィール】

松浦 光(まつうら ひかる)。名古屋大学大学院国際言語文化研究科博士後期課程。専門は認知言語学、修辞学、日本語教育学。主要論文「概念メタファーからみた空模様―新聞記事を資料とした「雲」と「霧」の考察―」(2014,『表現研究』99, 60-69.)。

「人の心と空模様:シェイクスピアのメタファーをめぐって」

大森文子(大阪大学)

【要旨】

人の心は空模様と同様に、晴れたり曇ったり、時には雨が降ることもある。人間の心を天候の観点からとらえるメタファーは、洋の東西を問わず、時代を問わず、広範囲に見られ、慣用性が高い。本発表では、シェイクスピアの作品、とくにSonnetsに着目し、慣用メタファーを用いながら、日常的思考を越えた豊かな意味を表現に持たせ、読み手(聞き手)の想像力を活性化させるシェイクスピアの描写力を観察し、その背景となるメタファーの仕組を探る。

【発表者プロフィール】

大森文子(おおもり・あやこ)。大阪大学大学院言語文化研究科准教授。専門は詩的言語の意味に関する研究 。主著に『コーパスを活用した認知言語学』(2010, 大修館書店, 共訳)、Metaphor of Emotions in English: With Special Reference to the Natural World and the Animal Kingdom as Their Source Domains.(2015, ひつじ書房)、『英語コーパスを活用した言語研究』(2016, 大修館書店, 共訳)。

「比喩の面白さ認知のメカニズム:“わかる”ほど面白い?」

 平知宏(大阪市立大学)

【要旨】

本発表では、直喩表現を用いた心理調査・心理実験研究の結果をもとに、読み手/聞き手にとっての比喩表現の「面白さ」の認知プロセスについて検討する。本発表では特に、表現の「理解しやすさ」「解釈」との関係について注目し、読み手/聞き手が比喩表現を理解・解釈する過程そのものが、面白さの認知に影響しうることを述べる。

【発表者プロフィール】

平知宏(たいら・ともひろ)。大阪市立大学大学教育研究センター特任講師。専門は認知心理学・認知科学。現在の関心は、言語理解、言語産出・発話、言語・概念における身体化。主著にRelevant/Irrelevant meanings of topic and vehicle in metaphor comprehension.(Taira, T. & Kusumi, T. (2012)., Metaphor & Symbol, 27(3), pp.243-257.)、「文章理解における身体化理論」(2014, 川﨑惠里子(編) 『文章理解の認知心理学 ことば・からだ・脳』誠信書房)。