ワークショップ発表要旨

会話をデータとするメタファー研究の方法と実践

本ワークショップは、会話をデータとするメタファー研究について、会話データの収集方法や現在進行中の研究事例を示すことで、その手法に関する理解を参加者と共に深めることを目的とする。会話は、最も日常的で基本的な活動のひとつである。会話のなかで、メタファーがどのようなときにどのような形で、何のために使われるのか、それはこれまでのメタファー研究の知見とどう関係づけられるのかを探ることは、今後のメタファー研究の発展にとって大きな意義を持つだろう。第一発表では会話データの収集方法、第二発表では発話の連鎖におけるメタファーの配置からその相互行為的な働きを探る試み、第三発表では概念メタファー理論の観点から会話におけるメタファー写像の働きに関する考察、第四発表では「こう」の働きから見る会話における譬えの使用と他の言語的・非言語的表現の使用との連続性について発表する。

1. 「会話データの収集方法」 杉本 巧(広島国際大学)

本発表では、会話のやりとりをデータとして利用可能にする方法を、実演を交えて紹介する。具体的には、収録参加者との事前のやりとりと研究倫理上の配慮、ビデオカメラやマイク、ICレコーダー等収録用機材の選定、収録時の設定と注意点、収録場所の準備をはじめとした実際の収録の進め方、パソコンを使った録画・録音データの処理方法、精緻なトランスクリプト(文字化資料)の作成方法と使用するソフトウェアの扱い方、特に映像と音声とを同時に扱いながら会話データの観察を行うことができるソフトウェア「ELAN」の機能について紹介する。

2. 「メタファーの配置と相互行為」 杉本 巧(広島国際大学)

会話のやりとりのなかで、ある発話が担う行為は、その発話の相互行為連鎖上の位置及びデザイン(形式)によって、会話の参与者双方にとって理解可能なものとなり、記述可能となる。会話分析の立場から、Drew & Holt (1998)は、慣用的な文彩表現(Figurative Expression)について、電話会話をデータとして連鎖上の配置を精緻に観察し、トピック移行の連鎖、中でもトピックのまとめのターンで出現しやすく、トピックの終結を導くという相互行為上の機能を果たしていることを明らかにしている。同様に、会話におけるメタファーの発話連鎖上の配置を観察することで、メタファーの相互行為的な働きが明らかになると考えられる。本発表では、会話分析の手法に則り、参加者と共に実際の映像データと文字化資料を観察しながら、メタファーが会話のなかで果たしている相互行為的な働きを探っていくプロセスを実践的に示す。

参考文献:Drew, P. and E. Holt. 1998. “Figures of Speech: Figurative Expressions and the Management of Topic Transition in Conversation.” Language in Society 27, 495-522.

3. 「話の展開とメタファー写像—認知メタファー理論の観点から—」 

中野 阿佐子(関西大学大学院)

本発表ではTVのトーク番組での会話のやりとりを題材とし、話が展開する中で観察されるメタファー表現についてLakoff and Johnson (1980)をはじめとする概念メタファー理論の観点から考察し、会話データを取り扱うことによって、メタファーが作り出される動的な側面をとらえることができることを示す。

認知メタファー理論では、日常の我々の思考の中に遍在するメタファーが強調されるが、会話の中で相互に構築されるメタファーにはその写像関係を顕著に見ることができる。また、一見特異で新奇に思われるメタファー表現の理解には、会話の中で構築される文脈の理解に合わせ、話者の属性を含む広いフレーム的知識が受け手に求められること、さらに他者とのやりとりにおけるメタファーの働きとして、話し相手の発話の内容を受け手が理解していることを示す手段となることを指摘する。

参考文献: (1) Lakoff, G., & M. Johnson. (1980) Metaphors we live by. Chicago: The University of Chicago. (2) Grady, J. (1997) Foundations of meaning: Primary Metaphors and Primary Scenes. PhD dissertation, Berkeley, University of California.

4. 「「こう」を随伴する描写」 串田秀也(大阪教育大学)/林 誠(名古屋大学)

会話において話し手が譬えを用いるとき、しばしば「こう」の使用を伴う(例「マユミちゃんはなんかこうあれだね、敷居が低い感じだね」)。だが、「こう」は譬えだけでなく、以下の言語的・非言語的表現にも随伴して用いられる。①動きや形状を描写する身ぶり、②より意味内容の希薄な身ぶり、③引用、④視覚的情報を描写する発話、⑤オノマトペ、⑥ストレートでない言語表現、⑦ストレートに見える言語表現。これらの用法から、「こう」は、話し手がストレートな言語表現によって表すことの困難なある事態を描写しつつあることを標示し、描写に用いられる表現の文脈依存性に注意を向けるよう、聞き手を促す働きを持つと思われる。本研究では、「こう」の働きを補助線として、会話における譬えの使用がどのように他の言語的・非言語的表現の使用と連続しているかを考える。

参考文献: J. Streeck (2009) Gesturecraft: The manu-facture of meaning. John Benjamins.