発表要旨

【口頭発表 10:10-10:40/1102教室】

花に関するメタファーの創造性と認知プロセスについての考察 

「女性は花」のメタファーを中心に 

段静宜(関西外国語大学(院))

「職場の花」、「社交界の花」、「花も恥じらう」などのような慣用表現に基づいて、女性は常に花と強く結びつけられる。世界中で、女性が花にたとえられるのは多くの言語に見られ、「女性は花」という概念メタファーは共通性を持つと言える。メタファーはモト領域からサキ領域への写像に基づいている。この写像の認知プロセスの中で、サキ領域をモト領域と結びつけるのは類似性であり、この類似性の認識は人間の身体経験に基づいている。サキ領域とモト領域の間に存在する類似性を通して、世界を創造的に意味づけていくことが可能となる。

女性の容貌についての描写には、多様な植物に基づくメタファーが使われる。中国語には「柳腰」、「柳眉」、「杏眼」、「桃顔」、「出水芙蓉」、「三寸金蓮」などのメタファー表現が数多く存在する。また、日本語にも「たてば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」のようなメタファー表現が存在する。メタファーは、基本的に類似性の認識に基づいている。従って、「女性は花」のメタファーは、〈女性〉と〈花〉の間の類似性に基づいている。しかしここでの類似性は、形や外観など外見的な類似だけでなく、人間が創造的に心理的な評価に関わっている。従って、「女性は花」のメタファーには、身体的経験に基づく人間の主観性が働き類似性を作り出し、新たなメタファー表現が生み出されると考えられる。

本発表では、「女性は花」のメタファーが成り立つ身体的基盤を背景として考察し、日中両言語の「蓮」、「桃」、「桜」、「菊」などの「女性は花」のメタファーの具体例を挙げ、女性を花にたとえる認知プロセスを具体的に分析していく。また、本発表では、「女性は花」のメタファーを通して、類似性が作り出されるメタファーの創造性を明らかにしていく。そして、このようなメタファーを反映する人間の審美観、価値観の分析を試みる。

〈参考文献〉

谷口一美 (2003)『認知意味論の新展開 メタファーとメトニミー』東京:研究社.

鍋島弘治朗 (2011)『日本語のメタファー』東京:くろしお出版.

山梨正明 (1988)『比喩と理解』東京:東京大学出版会.

山梨正明 (2000)『認知言語学原理』東京:くろしお出版.

【口頭発表 10:40-11:10/1102教室】

比喩による特徴創発の認知メカニズム:創発特徴生成過程の視覚的注意の変遷

寺井あすか(公立はこだて未来大学)

「AはBだ」という形式の比喩表現の解釈における創造的な現象の一つとして,喩辞・被喩辞のどちらにも由来しない新たな解釈の創発(Becker 1997他)が挙げられる.例えば,「生活は薔薇だ」では,被喩辞(生活)・喩辞(薔薇)のどちらにおいても典型的な特徴ではない「豊かだ」が,比喩の解釈として創発される.既に、この特徴創発は,被喩辞・喩辞の意味的な相互作用により引き起こされることが示唆されている(Terai & Nakagawa 2012).また,特徴創発には直感的な比喩解釈ではなく,一定の解釈時間、すなわち比喩解釈過程における意味の探索を行う過程が必要であることが示されている(Terai & Goldstone 2011).そこで、本発表では特徴創発のメカニズムを明らかにすることを目的とした、眼球運動を測定による特徴創発における比喩の構成語(被喩辞・喩辞)に対する視覚的注意の変遷について発表する。

【口頭発表 13:00-14:45/1103教室】

メタファーと視覚性―新聞漫画等を用いた考察 

齋藤隼人(国立台湾大学研究員) 

概念メタファーは、より抽象的な概念である事象Aとより具体的な概念である事象Bのマッピング現象である、というように基本的に理解される。しかしながら、抽象的、具体的であるとはどういうことかについてこれまで十分な議論がされているとは言い難い。発表の前半では、抽象・具体について視覚性という観点から考察をする。

発表の後半では、発表者の最近の研究である新聞漫画におけるメタファー分析を紹介する。具体的には、日本統治時代の台湾で起きた霧社事件を描いた新聞漫画におけるメタファーを概念メタファー理論、マルチモーダル・メタファー、概念ブレンディング理論に基づき分析する。霧社事件は、台湾先住民族が起こした日本統治下台湾における最大の蜂起事件である。当時、事件は新聞を通して詳細に報道され、いくつかの新聞漫画が描かれた。その新聞漫画では、日本人と台湾先住民族をしばしば人間と動物を用いて比喩的に描いた。また、本研究ではこれらのメタファーを植民地主義に関する先行研究で述べられているメタファーや、日本統治下の台湾における文学で描かれた台湾先住民族に関する表現と比較する。植民地研究でしばしば議論となる「文明」対「野蛮」という対立イメージが、日本と台湾のコンテクストでどのように解釈されるかということを、グレート・チェーン・オブ・ビーイングの観点等から考察する。

【口頭発表 13:00-14:45/1104教室】

知覚を鮮明化する比喩 —隠喩にはない直喩の機能について—

小松原哲太(立命館大学) 

直接的に把握することがむずかしい抽象的な概念は、より具体的な概念を比喩的に拡張することによって理解される。抽象的な認識や推論の大部分は、身体経験を基盤とした概念を、概念メタファー (conceptual metaphor) を介して写像することで可能になっている (e.g. Lakoff 1993) 。これに対して、例えば地図を見て「イタリアの形、長靴みたい」という場合のように、イメージメタファー (image metaphor) を介して、イメージが別のイメージに写像されることもある (Lakoff 1987, Gleason 2009, 鍋島 2011) 。概念メタファー理論では、感情、道徳、思考などの認識と比べると、形状、運動、色彩などの知覚のイメージにもとづく経験はより容易に把握でき、言語によって直接的に表現しやすいと想定されている。この想定に対応して、イメージメタファーは、抽象的で理解しにくいものを具体化する機能はもたないと考えられている (Lakoff 1987: 221) 。

しかし、知覚的なイメージがいつでも直接的に把握できるとはかぎらない。本発表では、日本語の直喩の考察にもとづき、色、形、表情などの一般的な知覚イメージが、比喩にもとづく想像的な認識を介して具体化される現象を記述する。例えば、表情や顔つきは (1) のように「困った表情」「笑顔」といった表現によって直接的に表すことができる。しかし、(2) では、一言では言えない「利仁」の微妙な表情が、子供のいたずらのエピソードを喩えとして出すことによって鮮明に描写されている。

    (1) a. 困った表情で周囲を見回している。 

  b. とびきりの笑顔で返事をした。 

    (2) 利仁は微笑した。悪戯をして、それを見つけられそうになった子供が、年長者に向ってするような微笑である。(芥川龍之介「芋粥」) 

(2) のような直喩表現は、以下の2つの点で興味深い。第1に、この直喩のターゲットは知覚的イメージであるが、架空のエピソードによって喚起される想像的イメージを介してはじめて、その特徴の詳細が把握される。第2に、この直喩は、あるイメージから別のイメージへの写像ではなく、特定のイメージを喚起するために想像的な存在を例示 (illustrate) するプロセスが基盤になっている。(2) の「利仁」は「子供」に対応しているが、「悪戯」を「見つけ」る「年長者」のような、他の要素は写像されるわけではない。この現象は、具体的な知覚の理解と伝達において、写像とは異なる認知的基盤を直喩がもつ可能性を示唆している。

知覚イメージは、いつも直接的に経験されるとは限らない。想像的なイメージを構築し、投影することによって、知覚経験が鮮明化されることがある。直喩の考察は、この知覚の鮮明化のプロセスを明らかにしていくための具体的な手がかりになると考えられる。

参考文献

Gleason, Daniel W. 2009. The Visual Experience of Image Metaphor: Cognitive Insights into Imagist Figures. Poetics Today 30(3): 423-470.

Lakoff, George. 1987. Image Metaphors. Metaphor and Symbolic Activity 2(3): 219-222.

Lakoff, George. 1993. The Contemporary Theory of Metaphor. in Ortony, Andrew ed. Metaphor and Thought. 2nd edition: 202-251. Cambridge: Cambridge University Press.

鍋島弘治朗. 2011. 『日本語のメタファー』 東京: くろしお出版.

【シンポジウム「意味の創発と比喩」15:00-17:15/1102教室】

比喩にみられる意味の創発の可能性と制約―認知言語学の観点から― 

谷口一美(京都大学) 

認知言語学では、概念領域間の写像の観点から言語表現を捉えることにより、一見すると比喩的ではない日常言語の多くに実際には比喩性が認められることを示してきた。一方で、比喩による新たな意味の創造・創発といった修辞性に関わる側面については、Fauconnier, Turnerらによるブレンディング理論で扱われてはいるが、その認知的メカニズムはいまだ明らかとは言えない。本発表では、アナロジーおよびブレンディング理論による写像システムを援用し、身体性・仮想性をキーワードにいくつかの慣用的比喩の事例を検証し、意味の創発を可能とする要因とその制約について考察する。

比喩による意味の創発と創造性―認知心理学の観点から

楠見 孝(京都大学)

創発とは,入力情報や既有知識のレベルでは存在しない性質が,入力情報や既有知識の相互作用や統合などの認知的処理によって,出力のレベルでの生成物の性質として,新たな意味,情報,知識,アイディア,作品などとして生まれることである。

比喩による意味の創発は,異なる概念領域の結合,写像,相互作用等によって,新しい意味が顕在化あるいは生成されることである。本発表では,認知心理学実験のデータに基づいて,第1に,特徴比喩による相互作用とカテゴリ化に基づく新たな意味の顕在化を取り上げる。第2に,概念比喩による写像に基づく,複数の比喩の生成と,そこにおける既有知識と文脈,経験と信念の制約について述べる。第3に,感情のイメージスキーマによる描画の産出について述べる。最後に,三島由紀夫を例に取り上げ,作品における比喩の創造のプロセスについて述べる。

創発と暗黙的認識

橋本敬(北陸先端科学技術大学院大学知識科学系)

創発の一般的な定義は,部分の性質の和(重ね合わせ)にはない全体的な性質(あるいは機能や意味)が生じることである.本講演ではまず,比喩における意味の創発に限定せず,物質レベルの自己組織化や社会システムの形成などさまざまな対象における存在論的な創発現象を概観する.つぎに,Polanyiが『暗黙知の次元』(1966)において論じた暗黙的認識(tacit knowing(tacit knowledgeではなく))について述べる.暗黙的認識とは,諸要素(近位項)を包括することで全体(遠位項)を能動的につくり出す認識のはたらきであり,認識論的な創発現象である.そして,何かを理解すること,したがって,何かに意味を見出すときに生じている認知とされている.この暗黙的認識の観点から言語における意味の創発はどのように見ることができるかを議論したい.