ビジネス倫理を学びたいひとのために
児玉聡先生の「応用倫理学を学びたいひとのために2013」を参考にして作成しました。
1.ビジネス倫理とは
ビジネス倫理はBusiness Ethicsの訳語で、経営倫理や企業倫理とも訳されます。
ビジネス倫理の領域では、私企業やそれ以外のビジネス組織(官公庁、各種法人、NPO)の倫理、ビジネス活動の土台となる資本主義や競争社会のあり方、プロフェッショナリズム、働くことの意味などが議論になっています。
最近では、CSR(Corporate Social Responsibility, 企業の社会的責任)の検討や、不正会計、偽装、過労死・過労自殺といった企業不祥事の分析なども行われています。
こうした対象に対して倫理学的にアプローチするか(応用倫理学の一部としてのビジネス倫理)、それ以外のアプローチ(教育学、経済学、社会学、心理学、法学など)をとるか(対象としてのビジネス倫理)は意識しておいたほうが良いです。以下では、倫理学的アプローチを中心に説明します。倫理学とは何かはここで少し解説しています。
2.どうやってテーマを見つけ、研究してゆくか
教科書を読んだり論文検索を使ったりして、先行研究がありそうな場合と先行研究がなさそうな場合いずれなのかおおよそ見当をつけておいたほうが良いです。
ビジネス倫理を調べるときは同時に、「経営倫理」や「企業倫理」でも調べてみてください。
教科書については、文末の文献案内でいくつか紹介しています。
論文検索はまずはGoogle Scholarを使ってみてください。日本語文献はCiNiiのほうが出てくるかもしれません。海外の倫理学の論文検索はPhilpapersを使うと良いでしょう。
論文は雑誌に掲載されます。ビジネス倫理の代表的な雑誌は次の5つだと思います。
先行研究がある場合
新しいものから順番に読むことをおすすめします。たいていの場合、「はじめに」や第1章でこれまでの先行研究がまとめられているからです。また、本になっているものや上で挙げた代表的な雑誌に掲載された論文を優先的に読むこともおすすめします。
まずは先行研究をまとめましょう。一番良い研究は正しい主張や議論をあらたに行なっている研究です。二番目に良いのは間違った主張や議論をあらたに行なっている研究です。その主張が間違っていることが後で分かればそれも研究全体を進めるから良いです。ダメな研究は正しくても間違っていても先行研究と同じ主張や議論を繰り返してしまっている研究です。それは研究全体を進めないから望ましくありません。ダメな研究にならないためには先行研究をしっかり調査してゆく(「サーベイ」と呼びます)ことが大事です。
先行研究をまとめたら、それをやはり「はじめに」や第1章で書きましょう。そのうえで、自分独自の主張や議論を展開してゆきます。
独自性といっても人類にとっての新発見を目指す必要はありません。アメリカの哲学者ジム・プライヤー先生は次のように言っています。「よい哲学の論文は、控えめであり、小さな点についての主張をする」(リンク)。これはビジネス倫理の論文にもあてはまると思います。
先行研究がない場合
最近話題になっているテーマには先行研究がないものも多いです。その場合は、新聞の社説を調べてみることをおすすめします。新聞の社説にはその時話題になっているテーマに対するその新聞社の主張が書かれています(放送法に基づき解説委員の個人的意見とする考えもあります)。ウェブ上では社説検索などもあったりして便利です。
インターネットを検索してブログや掲示板の意見を取り上げる人がいますが、そうした意見は信頼性が低いのでおすすめしません。だったら、そのテーマに関係する人へインタビューしに行って意見をもらうことをおすすめします。インタビューの仕方は授業資料を参考してください。
テーマが思いつかなければ、ビジネス倫理の講義資料や教員の研究などを参考にしてもかまいません。こんな一枚絵を作ったことがあるので参考にしてください↓
3.ニュースをチェックしよう
ビジネスで何が起きているのかを知るためにも新聞等を時々読みましょう。時々で構いません。私も読んでいます。
4.人に見せる
ある程度書けたら、教員でも友達でも家族でも誰でもいいので見せてください。誰にも見せないで、発表したり提出してしまうことは危険です。
研究者を志すのであれば、このプロセスを意識することが非常に重要です。見せ合いっこしてみんなで研究を進めてゆく感じです。
5.論文のサンプル
自分のものを晒しておきます。
杉本俊介「企業の道徳的行為者性を巡る論争」『哲学の探求』、第34号、哲学若手研究者フォーラム、2007年5月10日、103-125頁。
修士課程のときに書いた論文です。企業の道徳的行為者性というテーマをサーベイして、先行研究で欠けていた部分(French[1995]が検討されていない)を補ったものです。
杉本俊介「広告は消費者の自律を侵害するのか?」『社会と倫理』、第21号、南山大学社会倫理研究所、2007年6月20日、118-128頁。
これも修士課程のときに書いた論文です。日本ではほとんど紹介されていない広告倫理を特に自律の問題に絞って論点ごとに整理したサーベイ論文です。
杉本俊介「内部告発問題に対する徳倫理学的アプローチ − ハーストハウスによる道徳的ジレンマの分析を応用する −」、日本経営倫理学会『日本経営倫理学会誌』第24号、2017年2月28日、199-211頁。
最近書いた論文です。内部告発の先行研究を調べたとき日米での力点の違いに気づいたことが出発点になっています。
6.ビジネス倫理を学びたいひとのための文献案内
経営倫理実践研究センター(BERC)の推薦図書や北海道大学大学院文学研究科 応用倫理研究教育センター(CAEP)の企業倫理関係データベースもおすすめです。
梅津光弘 [2002]『ビジネス倫理学』、丸善株式会社。
手軽に読めるビジネス倫理の入門書です。私のゼミでも教科書として使っています。
田中朋弘 [2002] 『職業の倫理学』、丸善出版。
仕事/遊びの二分法、家事、ボランティア、売春などに対する私たちの見方の根底にある価値観の捉え直しが試みられています。勤勉という徳、マルクスとアレントの対比、大量消費社会、内部告発など幅広いテーマについて学ぶことができる教科書です。
田中朋弘・柘植尚則(編)[2004]『ビジネス倫理学:哲学的アプローチ』、ナカニシヤ出版。
日本の哲学者・倫理学者たちが本格的にビジネス倫理に取り組んだ著作として注目されています。
中谷常二(編)[2012]『ビジネス倫理学読本』、晃洋書房。
ビジネスにおける利己主義、カント主義、義務論、ケアの倫理を論じた応用倫理学としての側面の強いビジネス倫理学書です。私も第六章を執筆しています。
佐藤方宣(編)[2009]『ビジネス倫理の論じ方』、ナカニシヤ出版。
経済思想史の研究者を中心にビジネス倫理を批判的に論じた意欲作です。
トム・L.ビーチャム&ノーマン・E. ボウイ(加藤尚武、梅津光弘、中村瑞穂監訳)『企業倫理学』1〜4、晃洋書房、2005年〜2017年。
アメリカのBusiness Ethicsの代表的な教科書を訳したものです。最近第4巻が出ました。話題はだいぶ古くなっていますが、ビジネス倫理の基本論文が多く収録されています。
ジョセフ・R.デジャルダン『ビジネス倫理学入門』(文京学院大学グローバル・カリキュラム研究会訳)、文京学院大学総合研究所、2014年。
アメリカの教科書(2011年の第4版)の翻訳で、各章に学習目的や事例研究、復習問題が付いていて初学者に最適です。ビジネススクールでの授業の教科書として使っています。