超高真空STM

STMとは

“Scanning Tunneling Microscope” の略称で、日本語では「走査型トンネル顕微鏡」といいます。図1のように物質の表面を探索する針が装置についており、その針を試料の表面に10億分の1メートル以下くらいまで近づけてなぞります(これを走査という)。各位置で流れるトンネル電流を測定することで、表面の凹凸を調べることができます。測定の際は大気を構成するガス分子や不純物が表面に付着しないよう、装置内を1兆分の1気圧という宇宙並みの真空にして行います。

探針と試料が離れた状態で表面の凹凸を調べられる理由は、探針-試料間に流れる電流を測定することで表面の情報が得られるからです。隙間が空いている空間に電流が流れるとは想像し難いですが、探針と試料を原子スケールまで近づけると、量子力学の「トンネル効果」により電流が流れます。

図1 STMの原理

トンネル効果って何?

図2に示すように、試料の表面に存在する電子は、エネルギーの障壁(ここでは試料-探針間の隙間のことです。電子が移動しずらいということはそこに障壁があると考えることができますね。)が存在しても、その障壁の幅が小さい場合すり抜けることができます。これがトンネル効果であり、電子が波であるために起こる現象です。この効果により、試料と探針を近づけると試料表面から電子が移動し、その結果、試料-探針間に電流(トンネル電流といいます)が流れます。しかし、図3のようにエネルギー障壁幅が大きい場合、トンネル効果は起きません。つまり試料と探針間の距離が大きい場合は、トンネル電流は流れません。

このことから、観測されるトンネル電流の大きさは試料-探針間の距離に依存することがわかります。よって、トンネル電流を測定することで、試料と探針の距離がどの程度かが分かります。もしトンネル電流が大きければ、それは探針と試料表面の距離が近いことを意味し、逆に小さければ、探針と試料表面の距離が遠いことを意味します。これを利用して、測定されるトンネル電流の値を一定になるように制御すれば、探針と試料間の距離を常に一定に保つことができます。このような状態で、探針を試料表面上で走査させることで、探針は試料の表面の凹凸に沿って動くことができ、結果として表面構造を調べることができます。このようにして表面の構造を調べる装置がSTMです。

図2 トンネル効果とは

STMにしかできないこと

STMは表面の構造を調べるだけではありません。ここでは、STMにしかできないことに注目してSTMを見ていきましょう。

STMはトンネル電流を測定することで表面構造を調べていますが、それはつまり、私たちがSTMの探針を通じて、トンネル電流を流しているともいえます。STM探針はとても小さいので、たとえば、右の図にあるように、表面上のある位置にある分子に対して赤い矢印のようにトンネル電流を流すこともできます。これは私たちから見れば、分子/表面というシステムに対し、トンネル電流という入力を与えていることになります。

分子にトンネル電流を与えると、その分子は化学反応を起こしたり、動いたりします。これに伴い、今まで与えていたトンネル電流の値が変化します(出力)。これは分子の化学反応を支配する”電子状態”を反映するので、反応のメカニズムを調べるのにも有益な情報です。このように、ナノスケールの表面における化学反応のメカニズムを解明するのに強力なツールとなるのがSTMです。

実際にSTMで酸化鉄(Ⅲ)を観察した時の様子が次の図です。スケールは10 nm × 10 nmと非常に小さく、その中に存在するつぶつぶが鉄原子です。教科書などで見る物質中の原子モデルのように、規則正しく並んでいる様子がわかります。一方で特別明るかったりもしくは逆に暗く見えるところもあります。これらは酸化鉄(Ⅲ)の表面上についた吸着物の影響によって現れています。このようにSTMは表面がどのような様子かを実際に可視化して理解することを可能にします。

Written by Y. F., T. H., Y. E., and S. M.