ピルと血液凝固~血栓症と関連の病気

ピルを使うときの最大の問題は、血栓症のリスクが増えることです。

ピルが、血栓症のリスクを増大させることは、ピルを服用する女性にとっての最大の問題点となっています。

ピルは、血液の”凝固系”と”線溶系”に影響を与えることが、知られています。

  • ”凝固系”⇒血液を固める役割
  • 出血を止めるために生体が血液を凝固させる一連の分子の作用系です。
  • ”線溶系”⇒血の塊(かたまり)を溶かす役割
  • 線溶とは、線維素溶解の略語です。
  • 固まった血栓を溶かして分解するのが、線溶系(線維素溶解系)の作用です。

ピルと血液凝固系の異常

特に、血液凝固系の異常は、血栓症発生の原因となりうるため、十分な注意が必要です。

血栓症は

  • 静脈血栓塞栓症
  • 動脈血栓症

に分けることができます。

  • 静脈血栓塞栓症=深部静脈血栓、肺塞栓の原因になります。
  • 動脈血栓症=心筋梗塞、脳卒中の原因になります。

ピルに含まれるエストロゲンが多いほど、血栓症になりやすい

ピルによる血栓症のリスクは、エストロゲンの含量に比例します。

含量が少ないほど、血栓症の発生率が低下することが知られており、これが低用量ピル開発のきっかけになりました。

エストロゲンを減らす⇒低用量ピルの開発

ピルと血栓症

ピルは多くの血液凝固線溶系因子の血中濃度を変化させます。

一般に、フィブリノーゲンやプロトロンビンが増加するなど凝固系活性が亢進しても、

線溶系活性もプラスミノーゲンが増加するなど、凝固系活性の増加に見合って亢進するため、凝固線溶系のバランスはとれていると考えられます。

しかし、ピルの投与は血小板、内皮細胞にも作用して血液凝固を促進する可能性もあり、結果として、低用量ピル内服によって3~4倍程度血栓症発現頻度が増加すると考えられています。

また、第3世代(プロゲストーゲンとしてデソゲストレル、ゲストデンを含む製剤)のピルは、レボノルゲストレルを含むピルと比較して静脈血栓症のリスクを増加させることを示唆する報告があるため、他のピルの投与が適当でないと考えられる場合に投与を考慮することとされています。

ピルと血栓症に関するこれまでの報告をまとめたWHOのレポートの抜粋

ここにあるように、動脈血栓症では喫煙、高血圧、糖尿病、加齢が、また、静脈血栓症では加齢、肥満、最近の手術、血栓性素因が、それぞれ主なリスクファクターとなります。

ピルと心筋梗塞

  • 喫煙、高血圧、糖尿病のない女性ではピル服用によりリスクは上昇しません。
  • ピル服用中の高血圧症のある女性では、高血圧症のない女性と比較して少なくとも3 倍のリスクがあります。
  • 大量喫煙者では、ピル服用によりリスクの上昇が 10 倍に達する可能性があります。
  • ピルの服用期間、加齢によりリスクは上昇しません。
  • ピルに含まれるエストロゲン量の差によるリスクの違いは不明であります。

ピルと脳卒中

1虚血性脳卒中

  • 喫煙、高血圧のない女性ではピル服用により約 1.5 倍リスクが上昇します。
  • ピル服用中の高血圧症のある女性では、高血圧症のない女性と比較して少なくとも 3 倍のリスクがあると考えられます。
  • 喫 煙 の みの リス ク が 1.5 ~ 2 倍で あ る のに 対 し、ピ ル服 用 中 の喫 煙 女 性 で は2~ 3 倍のリスクとなります。
  • ピルに含まれるエストロゲン量の多いほどリスクが高くなります。

2出血性脳卒中

  • 35 歳未満、非喫煙者、高血圧のない女性ではリスクは上昇しません。
  • ピル服用中の高血圧症のある女性は、高血圧症のない女性と比較して 10 倍のリ
  • スクをもつ可能性があります。
  • 喫 煙 女 性 で は 非 喫 煙 女 性の 2 倍 以下のリス クと考えられるが、ピル服 用 喫 煙 女性では約 3 倍となります。
  • ピルの服用期間によりリスクは変化しないが、加齢によるリスクの上昇を助長すると考えられます。
  • ピルに含まれるエストロゲン量の差によるリスクの違いは不明であります。

ピルと静脈血栓塞栓症

  • ピル服用者では 3 ~ 6 倍のリスクがあります。
  • リスクは服用開始後 1 年 以 内で最も高く、徐々に減 少するが、中止 するまで持 続すると考えられます。
  • 中止後はすみやかに非服用者と同じリスクとなります。
  • ピル服用によるリスクは加齢、肥満、最近の手術、ある種の易血栓形成傾向により上昇します。
  • 喫煙と高血圧はリスクを上昇させないと考えられます。

心血管系疾患のリスクのためピル服用が禁忌となる場合

  • 血栓性静脈炎、肺塞栓症、脳血管障害、冠動脈疾患またはその既往歴のある患者
  • 35 歳以上で 1 日 15 本以上の喫煙者
  • 血栓性素因のある女性
  • 抗リン脂質抗体症候群の患者
  • 大手術の術前 4 週以内、術後 2 週以内、産後 4 週以内、長期間安静状態の患者
  • 脂質代謝異常のある患者
  • 高血圧のある患者(軽度の高血圧の患者を除く)

心血管系疾患のリスクのため、服用にあたり慎重な判断を要する場合

  • 40 歳以上の女性
  • 喫煙者
  • 肥満の女性(body mass index が 30 以上)
  • 血栓症の家族歴をもつ女性
  • 軽度の高血圧(妊娠中の既往を含む)の患者
  • 耐糖能の低下している女性(糖尿病患者および耐糖能異常の女性)

参考文献 3)より抜粋

(表 7) 血栓症予防に有用なスクリーニング検査

  • 血圧測定
  • 身長、体重測定
  • 身体的診察
  • 検尿
  • 血液生化学検査
  • 血液学的検査
  • 血液凝固系検査(血栓症のリスクが高いとき)

ピル服用のリスクファクター

心血管系疾患のリスクのためピル服用が禁忌となる場合を表 5に、慎重な判断のもとに投与する必要がある場合を表 6に表す。

血栓性素因は重要なリスクファクターであるが、それには先天性と後天性とがあり、後天性には抗リン脂質抗体症候群などの自己免疫

疾患、悪性腫瘍、溶血性貧血、著明な静脈瘤、手術後、高血圧症、糖尿病、高脂血症、外傷後、脱水症などがある3)。

これらのうち、抗リン脂質抗体症候群、脂質代謝異常、高血圧は禁忌として扱い、肥満、加齢、耐糖能異常などは慎重な判断のもとに投与可能と考えられています。先天性血栓性素因にはアンチトロンビン異常症、プロテインC異常症、

プロテイン S異常症等があり4)、先天性血栓性素因が疑われる場合には、後述のような凝固線溶系の検査を行う必要があります。

欧米人においてはAPCレジスタンス(Leiden型第.因子遺伝子異常症)の頻度が高く、最近注目されていますが、アジア人にはほとんど存在せず、日本国内では確認されていません。

問診検査

血栓症の発生を防止するためには、十分に問診を行い、血栓症発生の可能性が高いハイ

リスク女性にはピルの投与を避けることが必要である(表 5、6参照)。

さらに、リスクの高い可能性があると判断した場合には、後述のような血液凝固系検査を行い、

もしも異常があれば、投与を避けなければなりません。

また、ハイリスクでなくとも、全例に医学的診察や一般的なスクリーニング検査を行うことが望ましい

(表 7参照)。さらに、ピル服用開始後は、

血栓塞栓症の初期症状に十分注意を払う必要がある(表 8参照)。なお、血液

学的検査において、ヘマトクリット45%以上、血小板40万mm3

以上では血栓症を起こしやすい。また、血液凝固系検査としては表 9に示すものが実際的な検査として推奨されています。

この他の凝固系検査における目安は、アンチトロンビンでは15.0mgml以下、又は70%以下で異常、プロテインCは50ngml 以下で異常、 プロテイン S精密測定は60%以下で異常などであり、線溶系の検査ではD-dimerは150ngml 以上で異常、TATは3.0ngml 以上で異常などである3)。一般に、臨床試験により血栓塞栓症のリスクを判定することは非常に難しいといわれるが、症例に応じて検査を施行することは有意義であると考えられます。

N―144 日産婦誌52巻7号

(表 8) 心血管系疾患のリスクのため服用を中止すべき症状

  • 下肢の疼痛と浮腫
  • 胸痛、胸内苦悶、左腕頸部等の激痛
  • 激しい頭痛、失神、片麻痺、言語のもつれ、意識障害
  • 突然の呼吸困難、胸痛、喀血
  • 視野の消失、眼瞼下垂、二重視、乳頭浮腫

(表 9) 現実的に実施可能と思われる血栓症関連検査

凝固系の検査

凝固系のスクリーニング 活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)

または総合検査 プロトロンビン時間(PT)

フィブリノーゲン

トロンビン生成の検査 可溶性フィブリンモノマー複合体測定(SFMC)

凝固抑制物質 トロンビンアンチトロンビン 複合体(TAT)

線溶系の検査 フィブリン / フィブリノーゲン分解産物(FDP)

フィブリン分解産物(D-dimer)

血栓症、心血管障害、脳卒中はピルの最大の問題点です。

しかし、心血管系疾患による死亡はピルを内服する若年女性では非常に頻度が低く、その死亡に及ぼすピルの影響は小さいと考えられています。

WHOのレポートでは、喫煙その他のリスクファクターがない場合、ピル服用により、1年間に100万人あたり、20~24歳では 2人、30~34歳では2~5人、40~44歳では20~25人増加すると報告されています。

また、動脈系疾患においては喫煙のリスクがピルのリスクを上回るとしています。

さらに、静脈血栓塞栓症は最も頻度の高い心血管系疾患であるが、その死亡率は低く、ピルは死亡数の増加にほとんど関与しないとしています。

このように、ピルが関与すると考えられる心血管系疾患の頻度は決して高いものではないが、それが存在することは事実であり、それを予防するために、上記のような注意は是非必要であると考えられます。

ピルと血液凝固・その対策