ベンゾジアゼピン系の薬剤と高齢者

高齢者における有害作用

高齢になればなるほど、若い人よりもベンゾジアゼピンの中枢神経抑制作用に対する感受性が高まってきます。

ベンゾジアゼピンは高齢者に、錯乱、夜の徘徊、健忘症、運動失調(バランス失調)、持ち越し作用、“偽性認知症”(時にはアルツハイマー病と誤診)などを引き起こすので、可能な限り服用は避けなければいけません。

高齢者において、ベンゾジアゼピンへの過敏性が増大する理由のひとつは、若者より薬の代謝効率が低いからです。

したがって、薬の作用が長引き、通常の使用でも薬剤の蓄積が簡単に起こります。

しかしながら、たとえ同じ血中濃度であっても、ベンゾジアゼピンの抑制作用は高齢者に強く出ます。

それはおそらく、高齢者は若者より脳細胞が少なく、脳の予備能が小さいからでしょう。

これらの理由から、一般に、ベンゾジアゼピンを高齢者に用いる場合、用量は成人推奨用量の半分にすべきで、使用期間も(成人と同じく)短期間(2週間)に限定すべきだと勧告されています。

更には、活性代謝物を生じないベンゾジアゼピン(例:オキサゼパム[本邦未承認]、テマゼパム[本邦未承認])の方が、ゆっくりと排泄される代謝物のあるベンゾジアゼピン(例:クロルジアゼポキシド[コントール、バランス]、ニトラゼパム[ベンザリン、ネルボン])よりも忍容性は良好です。個々のベンゾジアゼピンの等価換算値は、成人も高齢者も大よそ同じです。

高齢者への向精神薬処方に関する研究 - 厚生労働省

高齢者と薬「控えたい薬」

高齢者におけるベンゾジアゼピン系薬の 服用量変更と転倒との関連

現在、ベンゾジアゼピン受容体作動薬が最もよく用いられている。ベンゾジアゼピン受容体作動薬にはベンゾジアゼピン系と非ベンゾジアゼピン系薬剤がある。

高齢者は、ベンゾジアゼピン系薬剤の感受性が高まり代謝・排泄も遅延するため、副作用が現れやすい。

ベンゾジアゼピン系薬剤の投与により、認知機能の悪化、転倒、骨折など精神運動活動の低下、日中の倦怠感、せん妄などのリスクがあります。

特に新規に投与された場合、認知機能障害を認める場合、移動に介助を必要とする場合は注意が必要とされます。

長時間作用型(フルラゼパム、ハロキサゾラム、ジアゼパム)は使用を控えるべき薬剤とされます。

クワゼパムは、ω1選択性が高いため筋弛緩作用が弱く、高齢者の不眠症に有効との報告があるが、やはり長時間作用型薬物であることから、慎重に投与すべき薬剤になります。

一方、短時間作用型であってもトリアゾラムは、服用時の健忘や遅延再生の障害が認められるため慎重に投与すべき薬剤です。

ベンゾジアゼピン系薬剤のなかでは、短時間作用型で、しかも直接グルクロン酸抱合されるために、代謝が加齢による影響を受けにくいロルメタゼパム(0.5~ 1mg)の効果が報告されています。

また睡眠衛生指導の単独実施に比較してロルメタゼパムを併用したほうが有効との報告があります。

なお、ベンゾジアゼピン系薬剤は日中の不安、焦燥に用いられる場合があるが、高齢者では上述した副作用のリスクがあり、可能な限り使用を控える。

用する場合、最低必要量をできるだけ短期間の使用に限る。

海外の高齢者薬物療法に関するガイドラインの1つであるSTOPPでも4週間以内の使用にとどめることとしています。

非ベンゾジアゼピン系薬剤には、ゾルピデム、ゾピクロン、エスゾピクロンがありますが、いずれもω1受容体に選択性が高いことから筋弛緩作用は弱くなります。

超短時間作用型のゾルピデムやゾピクロンは高齢者に対する効果が示されています。

ゾピクロンはゾピクロンの光学活性体である。

エスゾピクロンについても、高齢者の不眠症に対する効果や忍容性が報告されています。

このため日本睡眠学会のガイドラインでは、非ベンゾジアゼピン系薬剤の使用が推奨されています。

ただし非ベンゾジアゼピン系薬剤においても転倒、骨折のリスクが報告されています。

これらの報告を受けて、海外の高齢者薬物療法に関するガイドラインは、非ベンゾジアゼピン系薬剤を高齢者に対して使用を避けるべき薬物に含めています。

Beers基準では、非ベンゾジアゼピン系薬剤は高齢者に対してベンゾジアゼピン系と類似の有害作用の可能性があるため漫然と長期投与しないことが推奨されています。

STOPPでも転倒のリスクを高めることが予測される薬剤として、有害事象の発現と有意に関連する薬物のリストに挙げられています。

さらにベンゾジアゼピン系と非ベンゾジアゼピン系は呼吸抑制や眼圧上昇のリスクがあり、呼吸機能が高度に低下した患者や急性狭隅角緑内障の患者には禁忌の薬剤です。

本ガイドラインは75歳以上のフレイル高齢者を主な対象としているため、非ベンゾジアゼピン系薬剤も特に慎重に投与すべき薬剤に挙げた。

なお睡眠薬の中止は、長期使用による依存もあって実際には容易でなく、減量や切替などさまざまな工夫が必要である。

減量・中止の具体的方法は、上述したガイドラインを参考にしていただきたい。

高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015

高齢者における離脱

ベンゾジアゼピンからの離脱は、高齢者においても、若者と同じように成功させることが可能です(たとえ何年も飲み続けていたとしても)。

最近行なわれた、開業医(一般医)に通院する273人のベンゾジアゼピン長期服用(平均15年)高齢者を対象とした臨床試験によると、自発的なベンゾジアゼピンの減薬と完全離脱によって、睡眠の改善、精神的・身体的健康状態の改善、通院機会の減少などがもたらされました。

ベンゾジアゼピン長期服用高齢者に対する他の複数の研究においても、同様の研究結果が繰り返し示されました。

高齢者がベンゾジアゼピンから離脱すべき理由としては、特に切実な問題があります。

それは年をとるにつれ転倒や骨折をしやすくなり、また、意識障害、記憶障害、精神科的な問題なども起こしやすくなるからです。

高齢者のベンゾジアゼピン離脱方法は、これまで普通の成人向けに推奨したものと同じです。

私の経験では、ゆっくりとした漸減療法なら、たとえベンゾジアゼピンを20年以上服薬している80代の高齢者であっても十分耐えられます。

スケジュール中、可能ならば液体製剤を使用することもあるかもしれませんし、必要ならばジアゼパム(セルシン、ホリゾン)への置換を慎重に段階的に行なうと良い場合もあります。

もちろん、“高齢者”の定義には大きく幅がありますが、おそらく大抵の場合、65~70歳以上を意味するでしょう。